違いがわかる人
コーヒーのコマーシャルではないが、「違いがわかる人」「わからない人」がいる。
本当においしい一流の味を知っている人は、二流、三流の味がわかるが、
三流の味しか知らない人は、一流の味がどんなものかわからず、
三流の味がおいしいと思っている。
音楽でも同じようなことが言えるが、音楽の場合は、ある程度の音楽的素養がないと、
その「違い」がわからないことが多い。

以前、ある合唱団でコンサートの伴奏を二人体制にするため、
もう一人の伴奏者を探そうということになって、
練習の時、何人かのピアニストに来てもらって、オーディションのようなことをした。
それぞれ、留学経験のある人だったり、演奏活動している人だったりしたが、
4人目でようやく、この人ならと、指揮者も私も思った。
ほとんどの団員の人たちは、どの人もじょうずだと感じたようだった。
長年コーラスをしていても、その「違い」は、なかなかわかり難いのだと思った。

「違いがわからない人」は、たいてい自分がどの程度なのかもわかっていない場合が多い。
自分が人を指導するほどの音楽的能力があると勘違いして指導者になり、
間違った指導をしてもその間違いにも気付かず、
指導される方は、わからないまま指導されているというようなことが起こりかねない。
指導者には、まず音楽の基本的能力が必要で、その上に指導力、
そして根気よい性格が必要だと思う。
「指導することが好き」「人前でしゃべるのが得意」だけではダメだ。
「指導することが嫌い」「人前でしゃべるのが苦手」な私のような者もダメだけど。

歌なら、豊かな声で、音程も正しく歌っていると、けっこう上手に聞こえてしまう。
ピアノなら、よく指が動いて、バリバリ弾いていると、上手に聞こえてしまう。
指導者なら、言葉が上手で、押し出しがいい人は、良い指導者に見えてしまう。

音楽の味の「違い」は、なんとわかり難いこと!